早期退職して湘南・藤沢から南房総・館山に移住 五右衛門風呂・釜戸を作って 田舎暮らし体験施設 「ZENさんのふるさとラボ」を運営 暇ですねん・・・
冠動脈は「復旧」したけれど 「被災地復興」って期間は ???
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 先ずは自分のこと・・・心臓に血液を送る冠動脈 太いのが三本 その内 右の動脈は6年前に完全閉塞・・・生命の強さか、右の動脈が詰まり始めると左の動脈の枝先が伸びて心臓の下を回りこみ、右の機能を補完してくれていた。 今回は2年前に続き、再びかな、この肝心な左前下降肢が狭窄していたので
右手首動脈からカテーテルを挿入、ステントを留置して血流を確保する・・

 術中は 局部麻酔なので自分でも造影剤による血管と狭窄部位を目指してコントロールされたカテーテルの動きや狭窄部位をみてとれる。 ただ、狭窄部位はそれでなくとも血流を妨げているのに、カテーテルが入り、更にバルーンを膨らませてステントを留置する間、血流は止まり「心筋梗塞」状態となる。 ここはコワイ・・・
 カテーテルの太さも技術進歩により20年前と違い「細く」なったことにより必ずしも太い動脈を求めて「ソ頚部」でなく、今回は右手首から心臓を目指した。わきの下をカテーテルが通過するとき「皮膚感覚」で オーっと言う感じ。

 辛いのは術後」の止血。 動脈の止血なので 昔は「砂袋」を局部に押さえ込み「さらし」で体をグルグル巻き・・・24時間蓑虫状態・・・これは辛い  今は、減圧機能の付いた「とめ太」なるビニールパックで圧迫。 今回は手首なので 術後は120mmHg、 1時間後60mmHg 2時間後 20mmHg 3時間後は大気圧と順次ポンプで減圧してくれるので「シビレ」の回復も早く負担感は少ない。

 なーんて、ここまでは事前に書いておいた 11時40分 入室 12時40分 退出 正味 50分 頭の上の時計と造影している心臓のモニター画面を見ていたら 停電時の交差点のようで カテーテルの進みが・・・

 結果、ステント留置しないで カッターで一部コソいでバルーンで広げた 

 before
CIMG6063.JPG


 afterの写真は あとで・・・ 先ずは チョット寝ます



 yahoo 知恵袋から 阪神神戸震災の復興期間の質問に・・・

「何をもって復興というかの定義が分かりませんが、区画整理上の「復興」は、このほどようやく目途がついた、というところです・・・

   神戸新聞の 「復興」報告が出ています
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0003516121.shtml

   回答日時:2010/10/11 09:00:51   ・・・ 」


 

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Posted by : ZENさん | 地震被災者の受け皿に・・・ | 12:56 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
生きるを活かすが 「生活」 ・・・
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 津波被災現地では早々に仮設住宅着工のニュースが。一刻も早く入居して少しでも笑顔を取り戻して頂けたらと思います。

 一方、災害現場の復旧と日常生活の取戻しが上手くかみ合うのだろうか心配です。大きな堤防の改修、街の再建・・・どれをとっても相当の期間を要します。今日の朝日新聞にも「子ども連れ車中泊、捕鯨の町沈痛・・・」とありました。今後の教育と産業そして「生活」にあたり提案します。私どもの千葉県館山市・南房総市には児童数減少による学校の統廃合問題が、千倉・和田町は昔からの捕鯨の街、田畑は休耕地が多くて草ぼうぼうです。
 学校単位、産業単位で「被災地の仲間・友達」がまとまって「移転」しませんか。夏まではこちらの「宿屋」で国の補助を活用した仮住まい、その間に被災地外に「仮設住宅」を作る。または空き家も多数ありますから活用しましょう。雨風を凌いだ後に欲しいのは「生きがい」であり「希望」です。被災者全員で街を再建するわけには行きません。被災地から一時離れても健康に生き抜くことが街と言う形の中の「いのち」を繋いだ人たちの役割だと確信します。生きるを活かすのが生活です。

 近くの富崎小学校で17日に卒業式が行われました。 6人のお兄さん、お姉さんの卒業で在校生は9人・・・千葉市内から転校生が1人。 来てみませんか。館山に・・・

20110317静かに卒業式.jpg

 今夜、入院です。 明日、地震や突然の停電が無いことを願いつつ・・・
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Posted by : ZENさん | 地震被災者の受け皿に・・・ | 14:15 | comments(1) | trackbacks(0)| - |
プライバシーと自立・自助の「避難所」を目指して・・・
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 館山・南房総「宿屋」一部屋(ひとへや)貸し「避難施設」(案)

 

連絡先代表 前場 正洋(ぜんば まさひろ)080-5033-5487

     shonan1951@live.jp  shonan1951@docomo.ne.jp 
                  

参加「宿屋」2001.3.19現在 3

 「ZENさんのふるさとラボ」館山市犬石 代表 前場 正洋 
 仮称「ABC ペンション」館山市犬石 代表 ○○○○

 仮称「神余・いろはにほ」連絡代表○○○○グループホーム

    参加「宿」は今後も増やしていきたい

受け入れ姿勢

  公共団体が行う集団生活の場と異なるプライバシーのある
 生活空間をつくる

 「管理」ではなく自立への道作り

  津波等の被害により家屋が全半壊し当分の間生活の場に困
 窮している方

  自立・自助可能な小学生を中心とした家族を対象としたい

  初めは8から10世帯 50人程度で 同じ地区の被害者で
 まとまったグループ

  「宿」での生活は1から3ヶ月程度の期間とし、この地域の
 「空家」に転居

 「宿」の空きが出たら次の 入居希望者を募る この方も当
 初グループ関係者としたい

費用等 1世帯で6から8畳程度の部屋を 1部屋12000円から
   
3000円としたい

基本は自炊 施設ごとに金額、利用方法は個別協議が必要

仮称ABCペンションは大型貸し別荘なので利用者の状況に
 よって別途要協議

受け入れ側の思惑

  館山・南房総も過疎化により児童数減少の小規模校・高齢
 化による休耕田対策

  「小学生を中心とした家族」の転入により子供が増える 
 街が元気になる

  転入しても直ちに仕事を得るのは困難だが、親世代による
  農作業で田畑の蘇生
 これから田植え時期 自分たちの米
 を作り、一部を復興に携わる「被災地」に送る

  グループで「移住」していただくことで孤立しない。課題
 整理もし易い

 「避難」して「することのない生活」にさせない

 
  少しばかりの農業では「生活」しきれないので「災害支援
 金」「保護」受給も検討

 又は何らかの就業による街の活性化と税収の増


展望

 被災地はの復興・再生は 年単位のスパン 

 教育、生活の場として当分の間「移住」として   

 なーんてことをツラツラと考え、関係者と意見交換していたら「避難者1人一泊素泊まりで2500円を国が負担するらしいヨ・・・」   

 
それは素晴しい・・・アレレ これは「避難者」の負担は無いんだ・・・結果、(ZENさんプロジェクト)の方が「避難者」の負担が大きいではないか・・・群馬県・片品村のペンションの親仁が言っていたのがこれか・・・


 これはピエロか・・・ドンキホーテか・・・結構イケタ中身だと思っているが・・・マァ、仮設住宅政策も有るが「個室」も有る、行政としてフレキシブルな提言と速やかな判断は評価できるナー どの程度の期間を想定するのかなー・・・もう少し様子を見ながら「避難者」のニーズとの兼ね合いに感度を高めておかないと・・・

 明日は入院だ。 22日に心臓カテーテル・ステント留置術を予定。館山に戻れるのは・・・来週末かナー

 感度今一の脳血管も診て貰うか・・・
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Posted by : ZENさん | 地震被災者の受け皿に・・・ | 16:33 | comments(1) | trackbacks(0)| - |
原発事故からの避難者に「ごんじゅう」・・・
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 房州のおらがごっつお・ごんじゅう 
この写真は 3月6日、スーパー畳屋「長岡畳店」の長田さんとこで 「ZENさーん、ごんじゅう作ったからー」と御呼ばれして頂いたときのもの・・・



 昨夜、原発事故から郡山まで避難していたご家族を迎えにいった I さん。  館山市内のホテルで一泊して 沼の借り上げ住宅の鍵を開けて ホッ・・・この住宅の一角には「森の幼稚園」作りに取り組む沼倉さんも居住・・・大通りを挟んだ反対側は恵美子さんの実家 (上の写真左は恵美子さんの父母) 

 I さんの住所が分かると居ても立っても座っても居られない・・・恵美子さん、ごんじゅうをおひつに入れて I さん宅に・・・

 着の身着のままの脱出 一番上は4才の女の子と聞いていたが 5才の男の子・・・気が動転する、と言うより ひっくり返ってしまうのは当然。 一夜明けても 運転の疲れ以上の疲労感か、お父さんはまだ横になっていたようです・・・

 I さんはタマタマ館山に「転勤」予定で住宅が確保されていたけれど、小さい子供だけでなく すべての家財を置いて来た・・・必要な物はまだ不明だけれど、こちらのご家族に限らず これから館山方面への「避難者」は増えてくると思われます。

 市役所に集中するのも方法だけれど、役所だけでは集中しすぎると大量の物資の仕分けも困難。 とりあえず各自がものを捨てずに、何時人様に差し上げても良いように 子供服・大人の服もキチンと洗濯して 大きさの仕分けをしておく。 家具なども押し付けは出来ないけれど 掃除をしてつかえるようする。 イロイロ各自が考えて お互い様の役立つ「おせっかい」を・・・

 津波被害者は車も流され、移動手段が無い。 関西方面で大量の受け入れ態勢も表明されて居る。常に皆でまとまって行動できれば良いのかも知れないが、人にはそれぞれの考え方、都合もある。来週あたりにはガソリンも一定程度行き渡るようだ・・・人が動き出す・・・

 国難を乗り切る為に・・・挙国一致・・・欲しがりません・・・ばっかりの世の中もチョット怖い

 南房総に来たい 来ちゃった ・・・ 皆で 「おせっかい」しちゃいましょうかネ


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Posted by : ZENさん | 地震被災者の受け皿に・・・ | 17:33 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
動き出した 館山市・・・
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 知り合いの館山市の議員から「福祉センターの畳の部屋を避難所に準備しているようだよ・・・」 連絡をいただいた。

 現地避難所から、老人・乳児などを中心に生命にかかわる人を優先して受け入れるらしい。館山市も動き始めている。 100人程度らしいが詳細は不明だ。

 こうした官主導の「弱者」救済の動きと、一方、同じ避難生活者の中でも自立・自助可能な方で「屋根と食料とプライバシーの有る生活」求めている人たちの「受け皿」にと連携を模索している。

 館山市の観光協会はすでに避難者から幾つかの問い合わせがある様だ。仮の住居を何の当ても無い街で探す間、少なくとも1から3月・・・お金持ちは別にして、家族全員を宿屋の通常料金で賄ってはその後の生活が成り立たない。 一部屋一日2000円以内 一月 4から6万円程度・・・ 食事は別 なんて言うのを考えているが・・・

 今のところ3軒の「宿」で50人ほどのスペースを確保したが、もっと増やす必要がある。

 福島・原発の避難者は車で逃げた方もある様だが、津波での避難者は今のところ移動手段が無い・・・

 福島から館山に転勤予定でお父さんだけが館山に居るときに原発事故が・・・3台の車で逃げた現地の家族はガソリンが無くなった車を乗り捨てて、1台に詰め込んだ状態で郡山まで逃げ延びたとか・・・今日、ガソリンタンクを積んだ車でお父さんが郡山に迎えに行っているようだ。4才2才1才そしてお腹にも・・・この方は当初から「転勤」にともなう住居は確保されている。

 「避難所生活」から離れる方は増えていく・・・

 先ほどZENさんに心臓手術の担当医から電話があった。「22日にやっちゃいましょう。余震や停電など不安要素はあるけれど・・・」 異例の前夜入院。 来週末には館山に戻りたい。


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Posted by : ZENさん | 地震被災者の受け皿に・・・ | 18:17 | comments(2) | trackbacks(0)| - |
50人分くらいのスペースは確保・・・

 今朝、7時。藤沢にいるZENさんに館山から電話が・・・

 「家も夏まで開けるよ。 出来ることをやろうよ・・・」館山の貸別荘の先輩オーナーからだ。
こちらは、ふるさとラボと違って 15人くらいのキャパがある。 

 午後、神余の大きな別荘のオーナーから・・・
「8畳8部屋。 使ってください・・・」 4人×8部屋  32人・・・

 ZENさんとこは 法定6人まで。 50人を超えた生活スペースが確保された。

 どの地区の誰をどうやって特定して、さらに移動手段をどうするのか・・・
まして、医療体制が整うわけでもない。

 行政の対応が「遅い」なんて簡単に批判できないのはこうした「受け入れ体制」づくりに「責任」を持たなければならないからだ。

 私たちが 個人の力で行うとしたら自ずと限界がある。 あるが、出来るところから進めていくのは今だと確信している。 食料も暖房も水もトイレも・・・無い そんな生活に自分が耐えられないから・・・

 たまたまの知り合いの方は定年前に館山戻ってきて活躍している。彼が居たのは「相馬市」だ。当時の知人とは未だに連絡が取れない・・・しかし、彼は館山で活躍している。50万人が「避難」している中で「繋がり」の糸口はそのあたりに在りそうだが・・・
 また、女性からのメールが 「友達の友達だけど・・・子供さんと困っているけど行くところが無いつて・・・」 繋がった瞬間が行動の時だ。

 近くの農業法人を退職して現地入りの準備を始めた若者がいる。ボランティア経験者だ。現地入りの前にここ館山での「受け入れ体制」の一部でも「持って」いってもらおう・・・

 お隣千倉に阪神淡路の震災復興に10年以上携わったベテランの方が居る。 教わろう。

 医療体制も整えられない この「受け皿」は 弱者の中でも「子供」。それも保護者と一緒の子供世帯を対象とせざるを得ないと思っている。 受け止める側の「選択」はおかしいかもしれないが乗り越えられる範囲でのことをすすめるしかない。

 何れにしても避難生活は短い期間ではない。 これこそ「移住」なのかもしれない。
館山の「人口増」をも目論み、空家を生き返らせ、小規模校の子どたちを増やし、小さな子どもの親を休耕田の働き手に・・・自分の米は自分で作る。 東北の粘り強い人たちの底力、私たちのささやかなサポート・・・

 なんとかしたい。なんとかすんだっぺ・・・

 移動手段・・・現地に救援物資を運んだ車は およそ何も乗せてこない。 法定では人を乗せて運ぶ車は限られているけれど・・・

 一人ひとりが自分の持っている力を寄せ合って何とかすんだっぺ ! !


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Posted by : ZENさん | 地震被災者の受け皿に・・・ | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
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